春には苦味を盛れ

『春には苦味を盛れ』

春はアクの強い山菜などの苦味で体を目覚めさせるのがいいらしい。

苦味が毒素を出し、冬の体を春の体に変化させるという。

成る程、なにか変化を求める時は、敢えて毒を食らうというのも処世術なのかもしれない。

実際、なにか変化がほしいというときは、危険なことや慣れないことに挑戦したくなるものだ。

そういったことが自己の成長につながるということを人は本能的に知っているのかもしれない。

20130314-224549.jpg

今年の冬は長い気がする。

開花予報は出ているけれど、まだまだ寒い。

突風の合間に暖かい日差し。

20130314-224852.jpg

震災から二年。

忘れないこと。

しかし、仮設の人が
「もう忘れたい」
「ボランティアの人が来る度に話すのは辛い」
と言ったのも真実なのだ。

忘れることも人間の強さの現れ(表れ)で、前に進もうという意思のひとつ。

一方で、
人出不足。
風化。

宮古市の人は去年言った。
「これから僕らは忘れられていく。これから国は、もう未来のことを考えている。東京など首都機能を停止させない仕組みを考えることにばかりに力を注いでいく流れになっている。僕らは、置いてけぼりにされるんだ」

防災とともに置き去りにされる……

人ひとりができることは少ない。

だからと言ってデモで世の中が変わるとも思わない。

しかし、そうやって

結局は「何もしない」ということを、選んでる。

何もできないから、
何もしない。

何もしない。
ということを選んでいることに関しては、

認めない場合が多い。

選んでいることを、認めない。

考えるのをやめているということだ。

確かに、

悲劇について考え続けられるほどの忍耐を持ち続けるのは難しい。

普通は耐えられない。

耐えられないことを認めるのも大切だと思う。

20130314-225540.jpg

『春には苦味を盛れ』

毎年、
春には、あの3月11日のことを考えるのだろう。

何度でも苦味を思い出し、

何度でも変化をする。

それが、強くなる方法なのかもしれない。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中