2014年 台北旅行の備忘録/旅の理由

………………………………………………………………..

田舎の闇の暗さに怯え、
都会の雑踏を恋しく思うようになりました。

………………………………………………………………..

なぜ、旅に出るのか。

もう二度と行きたくないと思うこともしばしば。
どこに行っても同じなのでは、という疑念すらある。

なのにまた性懲りもなく旅に出てしまう。

旅のほとんどは移動だ。

移動してものを見る。
移動して飲み食いする。
移動して人に会う。
移動して考える。
移動して言葉にする。

移動して、帰る。
(帰らないひともいる)

もはや、移動中毒なのだろうか。
普段の生活のほとんども移動にまみれているのに。

………………………………………………………………..

いつでも、田舎に行きたかった。

都会は悪くない。
刺激もあるし、人も面白い。ものも新しい。
でも、田舎育ちの自分は心のどこかで田舎を求めている。

足を前に出すのが怖いほどの夜の闇。
耳が痛くなるような虫の高音。
明け方のカッコーの鳴き声。
雨の日に響き渡るカエルの鳴き声。
風に揺れる稲穂。
目が痛くなるほど深い緑。
できたての蛇の抜け殻。
土を掘り返すと出てきたモグラの死体。
蛇口をひねると冷たくて甘い水。
誰もいない田園。
全身を焼くかのような太陽光。

そんなものが幼少の記憶には刻まれている。

旅をして似たような風景に出会うことはあっても、
記憶の中で完成された情景を上回ることはないだろう。

ただ、何度も何度も記憶の中で再生され、
美化され、揺るぎないものとして変化し、固定化され、
死に際まで羨望する映像として残るのだろう。

………………………………………………………………..

5月に台湾に行ったときの記録を書いていなかった。
行ったのになぜ書かないのか、とも言われた。
そういえば…と、思った。

書く気にならなかった。
まだ台湾について整理がついていないからである。

自然と時間は過ぎていく。
今の自分の気持ちを言葉にしておくことは
今の自分にしかできないことである、それはそう。

とりあえず、書いておこうと思った。

台湾がどうのというよりも、
旅というもの自体についての話になるかもしれないけれど。

………………………………………………………………..

台北に行った。
印象として感じたのは、駅が静かだったこと。

香港に行ったときは人種のるつぼだと感じた。
駅もやかましく、多種多様な人種が混ぜこぜだった。
それに比べると、ずいぶんと台湾はおとなしい。

IMG_1840

台北はインフラが整備されている。
トイレ環境などは日本とは違うけれど。
(紙を流してはいけないので、そのままゴミ箱に捨てなければならない)

IMG_1841

映画の宣伝などもいろいろ。

IMG_1844

なんというか、都会である。
街、という感じ。

IMG_1847

切符売り場。買うのに迷う。
こういった戸惑いが面白い。

IMG_1875

IMG_1881

九份(ジュウフン)へ行った。
千と千尋の神隠しの舞台で有名なところ。

「九」だが、「ジュウ」と読む。
イー、アル、サン、スー、ウー、リュー、チー、パー、ジュー、シー
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10

なのだ。

IMG_1892

漢字の国である、ということだけで謎の安心感がある。
意味がなんとなく想像できるというか。

IMG_1908

空芯菜が好きである。
台湾ビールはあっさり。お酒はどこに行っても呑んでしまうもので。

IMG_1922

IMG_1923

食に対してあまり普段は興味がないのだけれど、
食べた。

小籠包とか餃子とか。
点心はおいしかった。

IMG_1925

IMG_1926

海が見える。

IMG_1893

駅で見かけた移動の図書館。
どこの国に行っても本を見るのは楽しい。
言葉はわからなくとも。

IMG_1989

電車も年期が入っているが、なんかかわいい。

IMG_1982

饒河街夜市。
ナイトマーケット、という響きだけでわくわくする。

IMG_1994

IMG_1996

IMG_2001

臭豆腐の香りが充満している横で、服とか売っている。
臭豆腐は食べなかった。
香りだけで、ごちそうさま…
いつか挑戦してみたいけど…

IMG_2005

IMG_2006

ナイトマーケットだけではなく、台湾ではほとんど英語が通じない。
ましてや、即席で覚えた中国語も伝わらない。
むしろ日本語の方が通じるくらいの感じだった。

香港は英語が通じる。
つい比べてしまうのだが、
言語での意思疎通は旅において重要課題。

結局、フィーリングでなし崩しで通してしまうんだけどね。

IMG_2025

1台湾ドルが日本円だと4円くらい。
四則演算できればなんとかなる。

IMG_2026

美人な双子が小籠包を蒸してくれた。
美味。

IMG_2032

IMG_2033

IMG_2035

謎の遊技場。
風船が回っているのを撃つのだけど、人力で回ってる。

IMG_2041

で、所変わって西門(シーメン)

渋谷のようなところと聞いていたが、
確かにそんな感じ。

夜の映画が11時くらいから平気で始まる。
人がたくさんいる。

IMG_2050

IMG_2053

国立故宮博物館。

IMG_2144

IMG_2156

観光客がいっぱいだった。

IMG_2248

最期に、台湾総督府。
銃を持った兵隊がこちらをギラギラと見ていた。

………………………………………………………………..

以上が、非常にざっくりとした台北の記録である。
他にもいくつか行ったが、とりわけ有名そうな場所だけを記載した。

台南はもっと素朴で、のどかな雰囲気があるらしい。
見ていないので書くことができない。

台北の街について言えば、かなり日本に近いと感じた。
ガイドブック片手に観光客が行くような表面的部分では街が整備されている。

一歩奥に入れば大阪の鶴橋のような市場的なところもある。

これは日本においても言えることではないだろうか。
観光客向けの表層部分。2泊3日で「旅した」と感じられる部分。
日常から少し外れた、非日常的な部分。

しかし、観光客もばかではない。
「ここは観光客向けだ」という感覚をもっていることが多い。

観光スポットをかいくぐって、日常の街の姿を探そうとする。
これは普遍的なことだ。

ガイドブックが役に立つのは旅の前だけだ。
旅に出る前のモチベーションを上げ、
旅に出る理由を確固たるものとしてくれる。

しかし、一歩その場所に行けばガイドブックを開かない人も多くいるだろう。
目の前の現実の方が数倍おもしろく、難解で、理解しがたい。

理解しがたいということは、面白みとは直結しない。
「なんだこれ」という違和感、自身の生活にないものに触れたとき、
楽しさはおそらくない。

じわじわと、あのときのあの場所はこうだった。
そして今の自分の生活している場所はこうだ、と再認識させてくれる。

だから、という明確な答えもない。

旅は自分に問いかけをくれる。
自分の立場すら揺るがす。

旅に出ても、何も変わらないひと。
旅に出ても、つまらないと思うひと。
どこにも行きたくないひと。

でも、そんなひとが旅にふと出ることがある。

旅の定義はつけにくいのだけれど、
環境を変えようという意識が働いて、
座標を動かすことは旅ともいえる。

周囲の人間関係を断ち切るのすら、
ある意味旅かもしれない。

自分自身に立ち返る作業。
あるいは、自身と回りとの距離を計る作業。

旅の理由は様々である。

なぜ、旅に出るのか?

都会の生活に慣れてしまい、
田舎の闇の暗さに怯えるようになり、
都会の雑踏を恋しく思うほどに、
うるさいものが好きになってしまっても、
なぜか移動する。

遠くに行きたい、なんて言う言葉では足りない。

どこにも行きたくない、なんていう言葉も普遍的すぎる。

どこに行っても人に会うのだろうとも思う。

動かずにいられないのはなぜなのか?

旅に出る理由を探す旅、というのは普遍的だけど、
魅力がある。

悩ましい思いが、また旅に出る理由になるのだろうか。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中